競馬g1について

競馬g1について

1981年に世界に目を向けた1つのG1が新設される。

ジャパンカップ国際G1競走。

第1回、まだ見た事の無い日本国内の国際競走へのファンの感心は高く、その時代の無冠の帝王、太陽の王子のニックネームがついていたモンテプリンスが1番人気を集めていました。

続く2番人気3番人気も日本馬。

どのように外国の馬に日本の馬が挑むか。

競馬ファンの関心の高さがこの人気となって表れていました。

レース結果はなんと、アメリカ産のメアジードーツという馬の完勝に終ります。

しかもレコードのおまけつきでした。

そしてもう1つの驚きが、メアジードーツは牝馬だったという事。

メアジードーツ自身はアメリカでG1も獲った事が無い馬だっただけに、日本の競馬ファンのショックは大きいものでした。

その後も2年、外国馬に遅れをとり満を持して迎えた第4回ジャパンカップ。

この年のジャパンカップには2頭の日本の三冠馬が出走してきました。

ミスターシービーとシンボリルドルフ。

今年こそは…の思いが強く、日本の競馬ファンの注目も、1番人気で天皇賞秋を快勝したミスターシービーに集まりました。

ゲートが開いてレースが始まると有力馬の牽制を尻目に大きく逃げたのがカツラギエース。

10番人気でノーマークのカツラギエースは、そのまま逃げ切って日本馬初めての戴冠になったわけですが、三冠馬2頭の敗北にはやはり落胆の色がありましたね。

翌年、名実とも1番人気に支持されたシンボリルドルフが日本馬として連覇。

今は地の利や国際競走のロ−テーションのきつさからあまり馬が集まらなくなりましたが、『衝撃』というコピーが似合うのがこのジャパンカップでしょう。